映画『永遠に僕のもの』ネタバレ解説&評価 モデルとなった殺人犯とは?
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僕はけっこう気持ち悪い趣味を持っている。

それは

 

実在の連続殺人鬼を調べてゾワッとすること。

 

夜一人でやっちゃうとほんとに怖くなってシャワーとか浴びれなくなるというデメリットもある。

 

大学時代に友人と課題をやっている時、気晴らしにパソコンで殺人鬼を調べていたら、体の一部をもぎ取られた遺体写真が出てきてしまい、それを見てしまった友人が夜寝れないほどのトラウマに苦しむことになり「サイコ野郎」なんて呼ばれたりしたものだ。

ああ素晴らしき青春の思い出。

 

そんな僕も今回取り上げる映画『永遠に僕のもの』の主人公のモデルになったアルゼンチン史上最も有名な凶悪連続殺人鬼のことは全然知らなかった。

彼は11人を殺害し、その他にも強姦、強盗など非道の限りを尽くしたクソ野郎なんだけど、その残虐性だけで有名になったわけじゃない。

その残虐な事件を起こしたのが逮捕時20歳の誰もが驚くほどの美少年だったからなのだ。

 

それが当時「ブラック・エンジェル」、「死の天使」と称されたカルロスエドゥアルドロブレドプッチ。

はい、実際の写真。

カルロス・エドゥアルド・ロブレド・プッチ

 

おー、確かに色気がある美少年。

まだ若き日のディカプリオやエドワード・ファーロング的な憂いを帯びた危うい雰囲気を感じる。

ちょっとうつろな「目」が良い。

僕からするといかにも人殺しそうな危険な目をしている

でも当時はというか、今もだけど「行いと容姿はリンクしている」と思われていたそうで、だからこそ世界に衝撃を与えたのだ。

護送している警察官の嘘みたいなマヌケ面がまたいい味出している。

 

僕ももっと歳を重ねればいずれ美少年好きになる時が来るのかもしれない…

でもまだその気はないので美少年なんてどうでもよくて、実在の殺人鬼の犯行当時の様子が知りたくて『永遠に僕のもの』は公開前からチェックしていた。

この映画アルゼンチン本国では2018年No.1大ヒットでかつカンヌ国際映画祭にもある視点部門で上映など世界的でもなかなか評判が良いそう。

日本で言えば今平の『復讐するは我にあり』(1979)が大ヒットするって感じなのかな。

実在の殺人鬼の映画がNo.1ヒットって文化的に良いのか悪いのか分からん響きですけど、もう少し日本もそういう文化レベルに近づいてくれたらこんな規制だらけのくそ映画界にならないのかなあなんて思ったり…

 

映画『永遠に僕のもの』とは???

2018年製作/115分/R15+/アルゼンチン・スペイン合作
原題:El Angel
配給:ギャガ

スタッフ
監督
ルイス・オルテガ
製作
ウーゴ・シグマン セバスティアン・オルテガ アグスティン・アルモドバル ペドロ・アルモドバル マティアス・モステイリン エステル・ガルシアレティシア・クリスティ パブロ・クレル アクセル・クシェバツキー
製作総指揮
ハビエル・ブリア
脚本
ルイス・オルテガ ルドルフォ・パラシオス セルヒオ・オルギン
撮影
フリアン・アペステギア
美術
ジュリア・フリード
衣装
ジュリオ・スアレス
編集
ギレルモ・ガッティ

キャスト
カルリートス / ロレンソ・フェロ
ラモン / チノ・ダリン
アナマリア / メルセデス・モラーン
ホセ / ダニエル・ファネゴ
エクトル / ルイス・ニェッコ
ミゲル / ピーター・ランサーニ
オーロラ / セシリア・ロス

解説
1971年のアルゼンチンで12人以上を殺害した連続殺人事件の犯人である少年をモデルに、スペインの名匠ペドロ・アルモドバルが製作を務めて描いたクライムドラマ。1971年のブエノスアイレス。思春期を迎えたカルリートスは、子どもの頃から他人が持っている物を無性に欲しがる性格だった自分の天職が、窃盗であることに気づいてしまう。新しく入った学校で出会ったラモンという青年にたちまち魅了されたカルリートスは、ラモンの気をひくためにこれ見よがしな対応を取り、2人はいとも簡単に殺人を犯してしまう。次第にカルリートスとラモンの蛮行はエスカレートし、事態は連続殺人へと発展していく。本作が映画デビューとなる俳優ロレンソ・フェロが主人公カルリートスを演じる。

映画『永遠に僕のもの』の感想(ここからネタバレあり)

『永遠に僕のもの』

5.5/10うんこ (10うんこ=クソ映画)
ガリットチュウ福島がモノマネしているようにしか見えなくなる映画

 

映画全体としては悪くはなかったと思う、多分。

想像、期待していたような連続殺人鬼の実録ものではなかったけど、何考えているか全く分からない主人公カルリートスの欲望の赴くままに行動する、刹那的な生き方は映画にぴったりな題材でなかなか楽しめた。

色使いなんかもあっちの映画らしく多彩で、確かに美しいといえば美しかったし。

そんな好きではないけど。

 

でもあと一歩乗り切れなかった最大の要因は主人公カルリートスを演じたロレンソ・フェロのせいだ。

絶世のブロンド美少年という役どころなのに、僕には途中から彼がガリットチュウ福島がブロンドのカツラを被っているようにしか見えなかった。

 

そうなっちゃたらもうダメだ。

頭から消そうにも全然消えてくれない。

ダレノガレまで頭に浮かんでくる始末…

 

たしかにかわいい顔しているんだけど、あれって南米の人としては割と普通な顔なんじゃないかなあ?

鑑賞後にロレンソ・フェロのくるくるパーマじゃない坊主に近い髪型を見たけど、至って普通の南米の人。

普通の南米のハンサムな人。

これはもう僕の好みなのかもしれない。

 

やっぱり美少年といえば、まず僕が思い浮かぶのはルキノ・ヴィスコンティ『ヴェニスに死す』のタジオ役のビョルン・アンドレセン

あとは若きディカプリオとかブラッド・レンフロ、エドワード・ファーロング。

彼らは、ただ顔が整っているというだけでなく、それこそ人を無表情で殺しそうな冷血な雰囲気を醸し出していた。

うすーい氷の破片のような触れると切れそうで危ないけど、ちょっと力入れたら崩れてしまいそうなイメージ。

この鋭さと儚さみたいなのが僕のなかでは美少年の必須条件だ。

 

美少年愛好家の言葉みたいになってきたけど、とにかくロレンソ・フェロにはそれを感じない。

美しい顔立ちではあるのだけど、ベビーフェイスハンサムという域を出ない気がする。

めちゃめちゃぽっこりお腹の幼児体形だったし。

あれ、ちょっと笑っっちゃうよ。

 

これが多分ビョルン・アンドレセンのような美少年だったら、きっともっと乗れたと思う。

この映画の生命線についていけなかったので、評価は低めになっちゃった気がする。

死のダンス

『永遠に僕のもの』で印象的だったのはやはりカルリートスの謎のダンス。

 

あのダンスのジャンルは何ていうんだろ、これがなかなかダサいのだ。

こっそり一人でしているダンスってなぜあんなにダサいのか…

でもすごく惹きつけられる。

 

冒頭とラストで印象的にノリノリで繰り出されるこの謎のダンスだけど、これをみて真っ先に思い出すのはポンジュノの『母なる証明』。

この作品でも知的障害を持つ実子に絶対的な愛情を捧げる主人公が、冒頭とラストに謎のダンスをする。

これがものすごく悲壮的で禍々しくて、でもどこか美しくて強く魅せられる。

 

カルリートスのダンスは『母なる証明』とは全くノリも雰囲気も若さもみなぎるエネルギーも違うんだけど、逆にその無責任で刹那的な無機質感にゾッとさせられる。

僕は現実世界でのダンスは、見るのもするのもちっとも興味がないけど、映画の中の身体表現としてのダンスはすごく好きみたいだ。

映画というメディアにぴったりな、体を最大限使った表現だし、その人物が抱えている問題や人物像なんかを感覚的に伝える力があると思うのだ。

カルリートスの一見中身空っぽに見える、底なし沼のような闇が存分に伝わってくる。

深すぎて全貌が計り知れなくて、逆に空っぽに見えてしまう。

冒頭からこのスカスカ感に「あ、こいつヤバイやつなんだ」と思わされ、最後まで変化することなくスッカスカ(に見えて)で終わる。

 

本当に中身がないわけではないけど、そう感じさせる透明感、無機質感、直情的で刹那的な生き方がこのダンスに集約されているような感じがして、僕には”死のダンス”に感じらた。

『永遠に僕のもの』の数少ない名シーンだった

邦題『永遠に僕のもの』???

飲んで食って、うんこして、寝る。

そんな人間生活の一部のように、カルリートスは人を殺す。

殺す、というかそんなこと意識すらしていない感じが怖い。

もう”死”なんて概念はカルリートスには存在していない。

感じたままに、その時の感情の赴くままに邪魔だと思ったら銃をぶっ放してしまう。

 

でもこんなに千差万別に存在している人間だから、脳の一部、どこかの作りが少しでも違ったらこういう人間は本当に生まれて来る可能性があるわけで、それを思うと本当に恐ろしい。

どんなに後天的な殺人者を減らす努力をしても、どんなに日常生活で気をつけていても、避けられない天災のように襲ってくるカルリートスのような純粋悪に会ってしまったらもうアウト。

こいつはまるで死神だ。

もっと容姿が、僕が思う美少年だったら、それこそ原題のように”天使”に見えたかも。

天から迎えに来る死の使者のような。

 

そういう印象を受けたから、邦題にある『永遠に僕のもの』ってのはちょっと違う気がする。

同性愛者という設定ではあったけど、そんな所謂人間らしい独占欲による行動にはどうも思えない。

そんな人間らしい動機を持つ人物像で描いちゃったら魅力が半減する気がする。

敢えてなのかもしれないけど、ラモンとの関係もそこまで重視して描いてるようには見えなかったし。

 

と言いつつこの映画のカルリートスとラモンの間に流れる絶妙な空気感は良かった。

宝石店の鏡の前での「マリリン・モンローみたいだろー?へへー」みたいな絡みとか所々で感じる、見たいようで見たくない、何かが今にも起きそうな緊張感は素晴らしかった。

あとカルリートスが寝てるラモンの股間を宝石で埋め尽くしマジマジと眺めるくだりなど、”どういう気持ちでみたらいいんだ、これ”的な描写が多くてなかなか笑えた。

おわりに

『ヴェニスに死す』みたな美少年と死みたいなテーマに”美”を感じとれる人には相当楽しめる作品なんだろう。

あれも大学生の僕には半分も理解できない世界だったから。

 

『永遠に僕のもの』の魅力も僕にはまだ未知な世界、感覚なのだと思う。

映画って作品が悪いんじゃなくて自分の感性が追いついていないことも多いのだろうから。

まあ単純に言い換えると感性が合わないってことなんだろうけど。

この手の映画には熱狂的なファンとかいそうだ。

「こいつ何もわかってねえな」とか言われそう。

おーこわいこわい。

おわり。