“現代ホラーの頂点/発狂しそうな恐怖 逃れる術はない”(USA TODAY)
“新世代の『エクソシスト』 ただし頭はさらに錯乱する”(Time Out)
“キューブリックの恐怖と、タガが外れた興奮がある”(THRILLIST)
“ホラーの常識を覆した最高傑作”(THE PLAYLIST)
“骨の髄まで凍りつく息もできない恐ろしさ”(Hollywood Reporter)
また出ましたよ、毎年のように更新される最恐ホラー的謳い文句の映画が。
"全米No.1ヒット"や"今世紀最も怖い”、”見たら死ぬ"などと宣伝されて口コミとかで話題になるやつ。
それが2018年、日本でも話題になった映画『ヘレディタリー/継承』。
僕はそこまでホラー好きじゃないし、話題になればなるほどかえって観たくなくなる。
とか言いつつ、やっぱりちょっと気になるのでこそっと観てはそのつまらなさを、「うんうん、やっぱりな」と確認している。
また同じような雰囲気の宣伝文句の映画『ドント・ブリーズ』の記事でも書いたが、『ヘレディタリー/継承』の予告にあるような超常現象の類いのホラーはあまり好きじゃない。
何でもアリな展開になりがちで、現実感がなさすぎてあまり怖くないのだと思う。
でも『ヘレディタリー/継承』はテレビCMを観て、あの変な顔の女の子にものすごく惹かれてしまった。
あまりに不気味で変な顔。
めちゃくちゃ失礼なこと言っているが、「これはCGに違いない」てくらいの違和感。
いやー変、とにかく変。
超常現象には強いが、変な顔には弱い。
またインディーズ映画の登竜門として有名なサンダンス映画際で絶賛されたということで期待値が高まる。
ということでこの変な顔への興味が尽きず観ることに…
映画『ヘレディタリー/継承』とは?(まだネタバレなし)
2018年製作/127分/PG12/アメリカ
原題:Hereditary
配給:ファントム・フィルムスタッフ
監督
アリ・アスター
脚本
アリ・アスター
撮影
パベウ・ポゴジェルスキキャスト
アニー・グラハム/トニ・コレット
ピーター・グラハム/アレックス・ウルフ
チャーリー・グラハム/ミリー・シャピロ
ジョーン/アン・ダウド
スティーブ・グラハム/ガブリエル・バーン解説
家長である祖母の死をきっかけに、さまざまな恐怖に見舞われる一家を描いたホラー。祖母エレンが亡くなったグラハム家。過去のある出来事により、母に対して愛憎交じりの感情を持ってた娘のアニーも、夫、2人の子どもたちとともに淡々と葬儀を執り行った。祖母が亡くなった喪失感を乗り越えようとするグラハム家に奇妙な出来事が頻発。最悪な事態に陥った一家は修復不能なまでに崩壊してしまうが、亡くなったエレンの遺品が収められた箱に「私を憎まないで」と書かれたメモが挟まれていた。「シックス・センス」「リトル・ミス・サンシャイン」のトニ・コレットがアニー役を演じるほか、夫役をガブリエル・バーン、息子役をアレックス・ウルフ、娘役をミリー・シャピロが演じる。監督、脚本は本作で長編監督デビューを果たしたアリ・アスター。
『ヘレディタリー/継承』のあらすじ
あらすじをざっくり書くと
ジオラマ作家のアニーは夫スティーブ、息子ピーター、娘チャーリーと共に、母エレンと同居していた。
そんな母エレンが亡くなった直後からこの映画は始まる。
アニーは、何かと家族に干渉し精神的にも問題のあった母エレンとは折り合いが悪く、愛憎入り交じる感情を抱いていた。
葬儀も終え、その喪失感を乗り越えようとしていた家族であったが、次第に母エレンと最も親しくしていた娘チャーリーは鳩の頭を切ったり、謎の光を感じたり、舌で音を鳴らしたりと不可解な行動をとりはじめる。
そして息子ピーターがチャーリーを連れ、友人たちのパーティーに向かった夜、最悪の事件は起きるのだった…
果たして娘チャーリーには何が起きていたのか、そして家族にふりかかる悲劇と言いしれぬ恐怖の正体は一体なんなのか…
といった感じの話。
まあ祖母が死んだ家族に不可解なことが起こり始める!くらいの事前情報でいいと思います。
映画『ヘレディタリー/継承』の監督、キャスト
監督、脚本はこの『ヘレディタリー/継承』が長編映画デビュー作となるアリ・アスター。
1986年生まれとかなりの若手監督。
この『ヘレディタリー/継承』が絶賛、大ヒットしたことで既に第2作『ミッドサマー』も発表している。
こちらも気持ち悪ーい感じが日本でも話題となった。
主演はアニー演じるトニ・コレット。
つい最近観たNetflixの『アンビリーバブル たった一つの真実』という1シーズンだけのリミテッドドラマにも主演していて、男前な敏腕刑事を演じている。
『シックス・センス』や『リトル・ミス・サンシャイン』にも出演していて、その頃に比べると歳とったなーという感じが否めない。
だが変に若作りしない自然な歳の取り方が『ヘレディタリー/継承』や『アンビリーバブル たった一つの真実』では、外見の迫力に繋がっていてものすごく適役に見える。
また夫スティーブ役はガブリエル・バーン。
出ているなんて思わなかったので久しぶりに見て感動した。
今作では制作も兼ねている。
ガブリエル・バーンといえばコーエン兄弟の『ミラーズ・クロッシング』やブライアン・シンガーの『ユージュアル・サスペクツ』が印象的。
まだ若い頃はちょっと閉じた左目が印象的な、影のある男という感じだったが、すっかりこちらも優しいおじいさんになっていた。
そして『ヘレディタリー/継承』で最も気になるのが娘チャーリーを演じたミリー・シャピロ。
映画は初出演だが、姉と共に歌やミュージカルで活躍しているそう。
どうやら普段の写真を観ても、映画内では加工とかはしてないように見える。
でもあたりまえかもしれないが、普段は映画のような禍々しい雰囲気は感じない。
映画『ヘレディタリー/継承』のネタバレ解説&評価、考察
『ヘレディタリー/継承』3.5/10うんこ (10うんこ=クソ映画)
老婆の片乳に一番ゾッとする映画
やっぱり"この50年で一番怖い映画"とか言われてるほど、怖くはなかったけど、終わってみれば127分があっという間の良作だった。
観る前はあらすじも読まなかったけど、『ヘレディタリー/継承』とかって分かりやすい邦題付いちゃってるから、何か呪いの類いを受け継いじゃってみんな死んでいくんだろうなと思っていた。
まあその通りっちゃあその通りなんだけど、序盤はそんなにホラー的な派手なことが起こるわけじゃないので、いまいち話が掴みきれない。
そして地味にゾッとする描写の積み重ねから、そのヒントを探しているうちに、恐ろしい展開へと終結していく。
でも観ている最中は、正直そのストーリー展開で怖くなるようなことはなく、地味な描写の数々にゾッとしていた。
そして観終わった後、映画を振り返っていると数々の綿密な伏線描写の意味に気づき始め、全体を俯瞰視したとき改めてゾクッと恐怖を感じる映画だった。
人によっては観終わって色々考えている時が一番怖い映画かもしれない。
そういう意味で物語的にも完成度が非常に高く恐ろしいのだが、やっぱり僕が一番恐ろしかったのは地味な視覚的描写の方だったかなあ。
映画『ヘレディタリー/継承』のストーリーネタバレ
まずはあらすじの続きを簡単にネタバレすると
元々ナッツのアレルギーを持っていたチャーリーはパーティー会場でナッツ入りのチョコケーキを食べてしまい呼吸困難に陥る。
ピーターは急いで車でチャーリーを搬送しようとする。
だが道路に倒れていた動物の死骸を避けようとして車はスピン。
猛スピードで電柱の脇を通り抜けた結果、苦しさから窓を開けて外に身を乗り出していたチャーリーは首を切断してしまった。
狂ったように泣き叫んで悲しむアニーと事故を起こしたピーターの関係は、それを機に悪化。
アニーは母が亡くなった時も訪れた遺族セラピー会場で、孫を亡くしたジョーンという老女に出会い、やがて彼女から降霊術を習う。
夜眠れず、持病の夢遊病と悪夢に悩まされたアニーは、無理矢理スティーブ、ピーターを誘い、それを試してしまう。
それを機に何か得体のしれない存在を感じ、恐怖におののくようになったピーターは、やがて学校でなにかに取り憑かれたように自ら机に顔を打ち付けるのだった。
その頃自らの変化やピーターの身の危険を感じていたアニーは、母の遺品の写真からジョーンが元々母の知り合いで、共に悪魔崇拝の儀式を行っていたことを知る。
アニーは儀式が行われていたと思われる屋根裏を調べると、そこには首のない埋葬されたはずの母エレンの死体と血で書かれた悪魔ペイモンの紋章があった。
そこにスティーブが怪我をしたピーターを連れ帰る。
屋根裏で見たことをスティーブに打ち明け、降霊の際使用したチャーリー愛用のノートを燃やさないとピーターの身が危ないことを訴えるアニーだったが、スティーブは全ては夢遊病のアニーの仕業だと思い取り合わない。
ノートと自分の命がつながっていることを知っているアニーは、仕方なく自らノートを燃やすが、その瞬間燃えたのはスティーブだった。
泣き叫ぶアニーに何かが取り憑く。
やがてベッドで目覚めたピーターは階下でスティーブの焼死体を発見。
その周辺に何者かの気配を感じた瞬間、2階に逃げたピーターを追ってきたのは母アニーだった。
屋根裏に逃げたピーターだったが、部屋の異常に気づいた時は既に遅く、いつの間にか天井でアニーが自らの首を糸で切断しようとしていた。
その異様な光景とそこにいた裸の老人たちに驚いたピーターは屋根裏から飛び降りる。
そのピーターの体には光る何かが入っていた。
離れのツリーハウスに向かうピーター。
そこにはピーターに頭を垂れる裸の男女たちと首のないアニー、エレンの死体があった。
そして王冠を付けたチャーリーの生首と人形の体。
ジョーンはその王冠をピーターに被せこう叫ぶのであった。
「ペイモン万歳」
映画『ヘレディタリー/継承』の分かりづらいところ解説、考察
そもそもエレンは何者で何が目的?
アニーの母エレンはペイモンという悪魔を崇拝するカルトの長で、その立場は王女(らしい)。
語られることはないが、おそらく代々エレンの血筋はペイモンの憑依体だったのであろうと推察できる。
ジョーンはそのカルトの一員でエレンの右腕だったと思われる。
カルトの現状の最大の目的はペイモンを完全体として現代に蘇らせ、人々を従えること。
ラスト、ペイモンに憑依されたピーターにジョーンが言う。
「チャーリー
もう大丈夫よ。
あなたはペイモンになった。
”地獄の8王”の1人。
我々は北西の方角を探しあなたを呼んだ。
最初の女性の体ではなく、このように健康な男性の肉体を献上する。
我らは三位一体を拒み、偉大なる王ペイモンのために祈る。
秘密なるもの全ての知識を授けたまえ。
名誉と富、良き使い魔を与えたまえ。
人々を我らに従わせたまえ。
我らが今も永遠の時もあなたに従うがごとく
ペイモン万歳」
ということで、完全なペイモンの力を呼び覚ますには、その器として健康な男性の肉体が必至。
しかもそれは王女であるエレンの血筋を引いていなければならない。
該当するのは劇中でピーターだけなのである。
だからピーターが狙われるのである。
ペイモンとは何者なのか?
これは映画オリジナルではなく、実在する魔術書『ゴエティア』などに登場する序列9番目の地獄の王。
劇中ではアニーが、エレンの遺物から『召喚』という書物を発見し、その詳細を知ることになる。
こういう画が僕は一番怖かったりするのだが、この画からあることが分かる。
それはパイモンが生首を3つぶら下げていること。
つまり完全なパイモンの召喚には生贄として首が3つ必要だということだろう。
劇中ピーターを宿主とするために首が切られた人間もちょうど3人。
エレン、アニー、チャーリー。
このことから、パイモンの完全体召喚には生贄としてもエレンの血筋3人の首が必要だと推測される。
たぶん。
またこの書物にはこう記載がある。
When successfully invoked, Paimon will possess the most vulnerable host. Only when the ritual is complete will Paimon be locked into his ordained host. Once locked in, a new ritual is required to unlock the possession.”
"召喚に成功すると、パイモンは最も弱っている器に取り憑くだろう。
儀式が完了した時、パイモンは器に封じ込められる。
一度封じられると、開放するには再び儀式をする必要がある。"
パーティーに行ったあたりからピーターは精神的にも、肉体的にもボロボロになる。
このことからカルト野郎たちは、儀式を行って呪いでピーターを傷つけようとしていると思われる。
そう、書物にある通り、パイモンが取り憑くには、宿主が弱っている必要があるということ。
だから最後までピーターはいじめられ、ついに窓から転落してしまう。
さっさとこの『ヘレディタリー/継承』の目玉であるチャーリーが退場するのも、首チョンパしてピーターに精神的大ダメージを負わせるためだと思われる。
そして一度肉体に取り憑いたペイモンを肉体から開放するには儀式が必要とある。
これは作中ではアニーとチャーリーしか該当者がいないので判断しづらいが、おそらく儀式を行った上で対象者の首を切る必要があるのだろう。
その後にまだ文章は続く。
"The Goetia itself makes no mention of King Paimon’s face, while other documentation describes him as having a woman’s face (while still referring to him using strictly masculine pronouns). As a result, the sexes of the hosts have varied, but the most successful incarnations have been with men, and it is documented that King Paimon has become livid and vengeful when offered a female host. For these reasons, it is imperative to remember that King Paimon is a male, and thus covetous of a male human body.“
『ゴエティア』でペイモンの顔について示されていないが、他の魔術書によると女性の顔をしているという。
そのため器となる人間の性別は問わないが、最も有効な器は男性であり、パイモンは女性の肉体を提供された結果、怒り狂い、祟ったという報告もある。
これらの理由からペイモンが男性であり、男性の体を非常に欲していることを忘れてはならない。
劇中で訳された部分だけ見ると、男性にしか取り憑けないと思ってしまうが、ここまで読むと女性でも取り憑く事は可能であると言っている。
でもペイモンは本来男の子だから、男の体じゃないと本来の力出ないし、場合によっちゃあ祟るよ?ということだろう。
そして次のページにはこうある。
”臣下への財宝”
ペイモンにはこんな力があるらしい。
人に人文学、科学、秘密などあらゆる知識を与えるといわれ、大地がどうなっているか、水の中に何が隠されているか、風がどこにいるのかすら知っているという。召喚者に地位を与え、人々を召喚者の意思に従わせる力も持つ。また良い使い魔を用意してくれるともいう。-wikipedia
そして再びラストのジョーンの台詞から、完全体ペイモンは召喚者や臣下、ここではカルト野郎たちに知識、名誉、富、良き使い魔、人々を従わせる力を授けてくれるということだろう。
そういえばジョーンの正体にアニーが気づく時、母エレンが金貨のようなものをカルト野郎たちから浴びせられていた写真があった。
これはエレンがチャーリーの体にペイモンを召喚した時に与えられた富なのかもしれない。
チャーリーはペイモンに取り憑かれていたのか?
この映画イチの存在感であるチャーリーだけど、その異様な奇行を残し、けっこう序盤に、物語から姿を消してしまう。
このチャーリーが鳩を窓に激突死しさせたり、その首を切ったり、変な人形を大量に作ったり、祖母エレンにしか懐かない理由はなんなのか。
再び先程のラストのジョーンに言葉を引用すると
我々は北西の方角を探しあなたを呼んだ。
最初の女性の体ではなく、このように健康な男性の肉体を献上する。
と言っている
ここでいう"最初の女性"がチャーリーのことだろう。
序盤アニーはベッドに横たわるチャーリーに、
「あなたは産まれたときでさえ泣かなかった」
と告げていることから、チャーリーが産まれる前のタイミングでカルトは儀式を行ったのだと推測できる。
だが女性の体で完全体ではないペイモンは、チャーリーの無意識下にしか存在出来ていないんじゃないだろうか。
だからデーモン小暮みたいに笑ったりしないし、変な言葉も使わない。
まあさらっとアニーに「お前死んだら、わしの世話誰するんや?」って言っていたから、なんとなくアニーの運命は知っているんだろう。
また変な力はちょっとあるから、顔は変になるし、儀式に必要な鳩殺せるし、後々ジョーンの家のテーブルの上に出てくる呪物のような人形を大量に作っていたのではないか。
自分が完全体になるための準備。
まあそれにしてはちょっと悠長な悪魔だけど。
そこで次の疑問が…
エレンはなぜチャーリーにペイモンを召喚したのか
これは考えるとけっこうな疑問だ。
チャーリーなんて経由せず、最初からちょっと隙狙って、ピーターにやっちゃった方が早い気がする。
ということでちょっと過去を遡った話から。
まずアニーには兄、つまりエレンには息子であるチャールズがいた。
通常であれば彼を狙うところだが、セラピーでアニーが話した通り兄チャールズは統合失調症を患っており、16歳の時に母エレンの自室で首吊り自殺をしている。
遺書には「母さんが何者かを僕の中に招きれようとした」と書いていた。
つまり母エレンはチャールズにペイモンを召喚しようとしたが、失敗して目的が果たせないうちにチャールズが自殺してしまったということだろう。
この失敗の理由は分からない。
もしかしたらペイモンの項に書いた通り、血筋の生贄3体を捧げなかったからなのかもしれない。
チャールズはエレンに不利な遺書を残しているから、その直後に自殺したのは間違いない。
ではその次の有望株、ピーターにさっさと取り憑かせなかった理由はなんなのか?
これもアニーがセラピーで話しているが、エレンが人を操ろうとするから、父スティーブが生まれたピーターに一切近づかせなかったため、とされている。
儀式の詳細は分からないが、近づかなければ出来ないらしい。
だが、そう簡単にエレンを筆頭にカルトたちも諦めるとは思えない。
ペイモンの召喚は悲願なのだろうから早くしたい。
そうこうしているうちに、おそらくアニーは第2子であるチャーリーを宿した。
アニーがセラピーで言っていたように、あまりにしつこいエレンにチャーリーを渡すと決めたタイミングは分からない。
だが生まれてからでは、アニー夫婦がまた子供を遠ざける可能性があると思ったエレンとカルトは、チャーリーがアニーのお腹にいるうちに、男であることを願って儀式を行ったと思われる。
そうでないと産まれた時に泣いているはずだから。
またまたラストのジョーンの台詞だが、実はピーターに向かってチャーリーと言っている。
ジョーンたちにとってはペイモン=チャーリーということなので、産まれた時からチャーリーはペイモンだったのだろう。
だが残念ながら産まれたのは女の子。
エレンもカルトも完全体ペイモンじゃないので悔しがったろうが、ペイモンであることに変わりない。
エレンはチャーリーを溺愛し、母乳まで与えようとするのだ。
かなり常軌を逸している。
そしておそらく”チャーリー”という名前を付けたのも、エレンだろう。
チャーリーはチャールズの短縮形だろうから、エレンが男の子であってほしいと願って、死んだ息子と同じ名前にしたのではないか。
だからエレンはチャーリーに「男の子になれ、男の子になれ」と無理難題を言われていた。
たぶん。
と、今度はこの疑問が…
なぜあのタイミングでピーター乗っ取り計画が一気に始まったのか
これもかなり疑問だ。
映画が始まったから、僕らへのサービスで、というわけにはいかない。
おそらくだが、計画は密かに進んでいたと思われる。
その計画の一つが、2年前にアニーがセラピーに無理矢理行かされたということ。
この頃夢遊病が再発したのも、偶然ではないのだろう。
これは自然にジョーン、もしくはカルトの仲間とアニーを接触させるための準備だと思われる。
だが、完全体でないにしろペイモンはチャーリーとして存在しているわけだし、エレンは赤ちゃんであるチャーリー(ペイモン)を溺愛していたので、しばらく宿主替えは行わなかったのではないだろうか。
崇拝するペイモンの世話を出来るのだからこれ以上の幸せはないんじゃないかなあ、知らんけど。
何にせよ、それにはチャーリーの首を切断して、ペイモンを開放しなければならない。
それに”生贄エレンの血筋3首説”が本当なら、エレン自身も死ななければならないわけだし。
またアニーはある時から、エレンとまた会話するようになったと言っている。
つまりいくつかある人格のうち、母性が強い人格がある時期勝っていたのではないか。
そのうちにエレンは認知症も患った。
おそらく長であるエレンの命令なしでは、事は動かない。
エレンが生きている間は…
ということでエレンが死んで、血の力はないにしろ、カルトの実質長となったジョーンが命令して、ピーター奪取計画が一気に進んでいったのではないだろうか。
その証拠にラストシーン、ジョーンだけが服を着ている。
これは写真でエレンが着ていたものと同じであるから、召喚者がジョーンということだろう。
そう考えると一応、辻褄は合う気がする…
アニーの兄チャールズが亡くなったのが16歳だから、”宿主適正16歳男子説”も考えられるけど、それならやはりチャーリーに取り憑かせた理由がよくわからなくなる。
ペイモンが存在するためのつなぎの体説も考えられるが、ジョーンのラストの台詞からジョーンが知る宿主はピーターの前に1人っぽいし、宿せるのはエレンの血筋だからチャーリーの前に取り憑ける人間が存在しない。(開放するには首はねなければならないのだろうから)
チャーリーの事故の真相やピーターが学校で自傷した理由
これらは全てカルト野郎たちが行った儀式によるペイモンの呪いのせいだろう。
かなり強調して描かれていたが、チャーリーの首をはねた電柱にはペイモンの紋章が刻まれている。
あの事故は全て仕組まれた呪いということ。
また学校でチャーリーは様々な超常現象に襲われ、最終的に机に自分の顔を打ち付けるという自傷行為に走る。
その少し前に事態に気づいたアニーがジョーンの家を訪れると、その内部では何やら儀式を行っていた描写がある。
これ+ジョーンの直接的な呪文攻撃によって、ピーターは魂が肉体から出やすくなるように、自らの肉体を傷つけ弱らせれしまう。
この映画では召喚などの儀式の際、三角形が用いられている。
アニーがエレンの部屋のドアが開いていて不審に思うシーンにも床に三角形が見える。
となると気になるのは序盤でチャーリーが引き寄せられた、幻のような光景。
チャーリーが庭で見た儀式は幻なのか?
これは意見が分かれそうなところだけど、僕は現実だと思っている。
一見火に囲まれたその姿からババア、エレンに呼ばれたように見える。
でもその前の近づくチャーリーを真俯瞰で撮った画に足跡が映っている。
住人の誰かということももちろん考えられるけど、これはそれこそチャーリーの首チョンパの儀式をカルトの誰かが行っていたと思うとシックリ来る。
チャーリーは切断した鳩の首を持っている。
おそらく儀式のために生贄を持って近づいたのではないだろうか。
そのあと呼びに来たアニーが気づきそうな気もするが、遠くから呼んでいてチャーリーにしか目を向けていないように見える。
気づかなくてもおかしくはない。
アニーがジオラマを作る理由
『ヘレディタリー/継承』で重要な要素がアニーが作るジオラマ。
これはアニーの精神の投影であり、精神的に弱っているアニーの自己治癒行為だといえる。
アニーが作っているジオラマは母エレン絡みのものが多い。
・母エレンの入院中の病室
・チャーリーにお乳を与えようとする超不気味な場面
・アニーの寝室を監視するかのように佇む母エレンの姿
などかなり怖い。
これらからアニーが相当母エレンに対し複雑な感情を抱いていることが分かる。
エレンが整理しきらない思いであったり、いわゆるトラウマなどをジオラマで再現している。
また幼稚園も作っている。
幼稚園は幼少の頃、もっと母に愛されたかったという思いの表れではないだろうか。
そうやってアニーの精神状態を表すと同時に、観客に実写として描けなかった過去をさりげなく提示し、色々想像させる役割も果たしている。
そして最大の役割は、アニーたちが見えない何かに監視され、支配されているという逃れられない運命的なものを、見ている僕たちの無意識下に植え付けることだと思う。
だからファーストカットは、ペイモンの象徴的場所であるツリーハウス(監視場所でもあるのだろう)から徐々に家のジオラマを映し、最終的にはピーターの部屋に突入する。
逃れられない力がアニーたちを支配し、そしてピーターを狙っているという、まさに映画の構造そのままを表現したショットである。
またラストショットも、ツリーハウスの作り物っぽさが、ジオラマ感を強調している。
これもピーターの抗えない運命を強調しているようだ。
映画冒頭ツリーハウスでチャーリーが慌てていた理由は?
映画冒頭、葬儀に行くためスティーブがチャーリーを起こしに行くシーンがある。
するとチャーリーは慌てて起き、頭のすぐ側にあったシューズボックスの蓋を閉める。
この理由は劇中も明らかになっていない。
だが脚本には記述があるらしく、動物の頭が入っているそう。
動物の頭を愛でながら寝ていたということだ。
うえー。
まあでも確かにこれが明かされちゃうと、ちょっとチャーリーのキャラクターがブレる気もする。
ただのサイコパスっぽくなるから。
アニーがジョーンの家を訪ねてしまうきっかけ
アニーがジョーンを訪ねるきっかけは、ジオラマ作業中に青の絵の具を倒して、連絡先のメモを手にとったからだ。
だが実は絵の具はアニーが倒していない。
これは一回観ただけだと気づきにくいが、よく観るとアニーの手の動きに合わせて勝手に倒れている。
その時窓の外には例の光が…
アニーがジョーンの家で薬を飲んだ時に指に付いていたものは?
アニーがジョーンの家で薬を飲む時、ジョーンから出された飲み物で流し込んでいる。
そしてアニーは口の中に違和感を感じ、口を拭うと指先に黒い何かが付いていた。
これについて劇中ではこれ以上触れられることがない。
だがそれを見ているジョーンは、確実に飲んだかどうか確認している素振りをしている。
間違いなくジョーンは飲み物になにかを入れている。
それが何なのかは分からない。
しかしこれを機にアニーはイライラしだし、家族との関係が悪化している。
息子ピーターに対し、おそらく思っていないことまでぶつけてしまう。
やはりカルトに伝わる精神的に害がある植物系のなにかを混ぜたと考えるのが自然かなと思う。
アニーが急いで帰ろうとする時、ジョーンの顔を鏡に映した理由
ジョーンの家で降霊術を見せられたアニーは、混乱し急いで帰ろうとする。
その時の玄関先のショットはかなりの違和感。
わざわざ変な鏡にジョーンを映している。
この理由は虚像を強調することで、ジョーンがアニーや我々観客に嘘をついているということを暗に示しているのだと思う。
ジョーン自身にとってはチャーリー=ペイモンなので、「チャーリーは死んでいない」という台詞はなんら嘘ではないのだろうけど。
『ヘレディタリー/継承』ホラーとしての2重の恐ろしさ
以前『ドント・ブリーズ』の記事で書いたのだが、僕は基本的に悪魔、超常現象系は好きじゃない。
観ている最中はもちろんドン!っていきなり怖い顔した悪魔とか、取り憑かれた人が出てきたら、ビビるし、それなりに「おーこわっ」てなるけど、観終わったら無なことが多い。
悪魔なんていないし、僕の周りで超常現象も起きないから、ぴんとこない。
その現実で見れないことを映画でやるから面白いというのはもちろん分かるけど、僕はギリギリ自分の周りに起こり得て、でも自分では到底敵わないみたいな事が一番怖くて面白いと思う。
『ヘレディタリー/継承』は悪魔ペイモンという悪の権化がいる物語である。
初回観た時は、大体の人が素直にその悪魔的現象に恐怖を抱くんではないだろうか。
序盤の=ペイモンであるチャーリーなんて存在だけで、この世のものと思えなくて怖いし、急にどこからか聞こえてくる「コッ」という音や、部屋の隅にいるババアやチャーリーの姿、そして終盤取り憑かれたアニーの異常すぎる行動など、恐怖ポイントが満載。
まさに悪魔映画だが、これだけじゃあ僕は怖くならない。
まあ観てる時はそれなりに怖かったけど、それよりもこの記事を書いている今の方がちょっと怖くなっている気がする。
その理由は『ヘレディタリー/継承』にはホラーの伝統的な悪魔要素の他に、悪意ある人間の恐怖という要素があるからだと思う。
抗おうとも最終的には、裸の集団に囲われると思うと、心底ゾッとする。
気づいただろうか?
ラスト、ベッドでピーターが目覚める前にこの映画特有の昼から夜への切り替わりがある。
その一瞬の夜のカットに家を取り囲むように裸のカルト野郎たちが家を取り囲んでいるのである。
マジで怖い。
ペイモンなんか目じゃない。
また序盤にピーターが部屋でマリファナを吸うシーンには、窓の外から人の吐息が見えるという演出もある。
ずーとカルトたちにピーターは監視されているのである。
書いててゾッとする。
これは現代のネット社会にも通じる構図だと思う。
ネットに繋いでいるのは常に誰かに監視されているような気がするし、何かあれば抗えない速度で不特定多数の人間に囲まれ袋叩きにあってしまう。
ニタニタした笑った裸の男女に囲まれて何かされるくらいなら、チャーリーみたいに呪いで一瞬で死んだほうが楽かもしれない。
そんな悪魔だけじゃない重層的な恐怖演出が『へレディタリー/継承』がホラー映画として成功した一因なのではないかと思った。
『ヘレディタリー/継承』継承しているものは何なのか
逃れられない血の運命
そもそもタイトル"hereditary"とは「遺伝の、世襲の、代々の」などという意味の言葉。
もうそのまんまで『ヘレディタリー/継承』は血を受け継ぐという誰も抗えないことの恐怖を描いている映画である。
エレンより以前の話は出てこないので、その歴史は分からないが、エレンの血筋は代々ペイモンの器として生きてきたのだろう。
超歴史ある家業のようなもので、めちゃくちゃ迷惑な話だが、逃れられない運命にある。
家業とか言ったが、それでも最終的には選択権はあるだろう。
死ぬ覚悟に近いものがあれば、家業とかならなんとかなるかもしれない。
しかしエレンの血筋は違う。
産まれたら最後、器になるか生贄になるか、とにかくペイモンに関連した何かに利用される。
劇中アニーがピーター、チャーリーにシンナーをかけ、自分の血を根絶やしにしようとしたように、死ぬしかそこから逃れる術はない。
それもカルト野郎たちから監視されているので容易ではないのだろう。
でも超常現象が好きじゃないというか、あまり信じていない僕はちょっと考えてしまう。
そもそもペイモンは本当にいたのか?
そもそも本当にペイモンなんていたのだろうか?
『ヘレディタリー/継承』で一番気になるのはエレンの家族がみな精神病を発症していること。
・エレンは解離性同一性障害。
・チャールズ(エレン息子)は統合失調症で首吊り自殺。
・(エレン夫は妄想性のうつ病で餓死。)→血のつながりなし
・アニーは夢遊病(らしい)
まあほんとに恐ろしい一家であるが、精神病というのは本当に遺伝性があるらしい。
もちろん100%じゃないが、けっこう高いみたいで種類によっては80%とか書いている記事もあった。
つまりこの映画の中の”hereditary”には精神疾患という意味もあるのだと思う。
そう考えると、そもそもペイモンは本当にいたのか?という疑問すら浮かんでくる。
ピーターが降霊術を機におかしくなるのは、恐怖に追い詰められたて、遺伝してしまった精神病が発症したからなのではないか…
もちろんそんなこと言ってたら、全ての事象が精神病による幻覚で片付いてしまって、めちゃくちゃつまらなくなるけど、個人的には精神病+カルトの犯行っていう現実でもあり得るってラインの解釈の方がゾワッとして面白い。
精神病の遺伝という抗えないエレンの血のhereditaryはあるけど、ペイモンの憑依体なんてものはエレンを始めとしたカルトたちの思い込みで、マインドコントロールや精神疾患により一家は最悪の事態を迎えてしまう。
間違いなくカルトは薬系の何かを使っていたし、エレンはマインドコントロールの術を身につけていたんではないか。
そうだとすると、アニーの父親の死もめちゃくちゃ怪しいし、アニー自身も過去にはコントロールされてそうである。
結局ペイモンがいたか、いないかは分からないが、どちらにせよ『ヘレディタリー/継承』は誰もが抗えない存在である血をペイモンという恐怖に象徴させ、その逃れられない恐怖に踊らされる人々を描いた悲喜劇である。
『ヘレディタリー/継承』は家族の物語
アリ・アスター監督はインタビューの度に「これはある家族に起こる悲劇の物語だ」と語っている。
ホラーというより家族ドラマとしての側面を強調して作ったらしい。
んーまあ普通に見たらただの怖いホラーだけど、たしかに理解ろうとしても理解りあえない3世代に渡る家族の関係が描かれている。
エレンとアニーも、アニーとピーターも、お互いを思いやる、理解しようとする気持ちはあるのに、血=ペイモンがそれを阻害してしまう。
そこには跡取りは男でなければならないという古い習慣みたいなのも見え隠れするし、それによりアニーの自分が望まれていないことに対する愛情の渇望も見える。
またアニーはピーターのことを心から愛しているが故に起こしたことが、逆にピーターを傷つけることにつながる。
息子は自分を恐れているという思い込みが、鏡のようにアニーに跳ね返っている。
そしてそのまま家族はほぼ全滅という完全なる悲劇を迎えている。
世間には一般論として”血のつながった家族は互いを信頼し理解り合い思いやる、暖かくて幸せな関係だ”という、これまた逃れがたい思い込みや風潮がある。
だが『ヘレディタリー/継承』は誰も抗えない血の繋がりがあるからこそ、家族は互いを理解りあえず、逃れることのできない悲劇に陥る可能性をホラーというジャンルの枠組みを借りて示している。
きっと現実もそうで、血がつながっているのに理解りあえない家族は多い。
だけど、それは血がつながっているからこそなんだよ、誰にも抗えないしょうがないことなんだよ、と言っているのかもしれない。
『ヘレディタリー/継承』個人的に一番怖かったもの
ちょっと真面目な映画の解釈なんかも書いたけど、結局僕が一番言いたいのは、何でもないアメリカのババアってなんであんなに怖いんだ!ということだ。
やっぱり造形として一番ゾッとするのはアニーが作った片乳出してるエレンの人形。
これがほんと怖い。
『ヘレディタリー/継承』イチかもしれない。
集団で笑って立ってる裸のカルトというか、”中年以上の裸の笑ってる外人”たちより、僅差で怖い。
これは異常な行動しているから不気味で怖いのかもしれないが、劇中度々映るただのエレンの写真もめちゃくちゃ怖い。
何もしてない微笑んでるだけの写真で怖い。
これ書いてるうちにチャーリーちゃんの顔にはわりと慣れてきてしまって、ちょっと今ではマスコット的なかわいさもあるかな、なんて思うほどに。
あ、あとチャーリーが、というかペイモンが書いたピーターの似顔絵がめちゃくちゃゾッとした。
あのほくろが生々しさを演出しているのか、嫌だったなあ。
最後にはあれ、ベッドで目覚めたピーターの背後、天井の隅に張り付いているアニー。
これ画面暗いとかなり分かりづらいけど、ずっと映ってる。
その後のピーターの首振りにあわせてゴキブリのように壁這う姿はおぞましすぎる。
おわりに
これまでのホラーは「〇〇をやったら死ぬ」という条件付きだったのに、『ヘレディタリー/継承』は「何をしても死ぬし、何もしなくても死ぬ」という超絶望的な映画だった。
僕はいつからか、挫折映画が好きになった。
悲惨な感じが、ちょっと快感になるから。
でも『ヘレディタリー/継承』はその感じがない。
それは多分その意味に反してラストがなんとなく明るい感じがするからだと思う。
よくよく考えてみると、抗えない運命=最初からどうしようもないことってあるんだよっていう一周回って逆に明るい映画なにかもしれない。
そういえばスレスレで恐怖より笑いが勝っていたところもあった。
アニーの糸ギコギコなんかめちゃくちゃ気持ち悪いけど、撮影現場の様子を思うとかなり笑えてくる。
演じたトニ・コレットはどんな気持ちだったんだろうなあ。
あとラストに流れるのは名曲『Both sides now』。
あの前奏が暗い要素をふっとばし、一気に変な領域に感情をもっていってる気がする。
ラストで『Both sides now』かー。
つまりこれは「分かったようにこんな記事書いてるけど、おまえ何も分かってねーからな」という監督からのメッセージなのかもしれない。
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