映画『運び屋』ネタバレ感想&解説!もうイーストウッドには騙されないぞ。
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世界が待ちに待った

かどうかは定かではありませんが、少なくとも僕は待ちに待っていたあの男がスクリーンに帰ってきました。

世界最強の男であり、世界最凶の老人であり、世界最高の映画監督でもあるクリント・イーストウッドです。

 

俳優としては2012年の『人生の特等席』があるんですが、監督・主演は2008年の『グラン・トリノ』以来実に約10年ぶり。

僕がこの作品を知ったのは友人からの情報だったのですが、タイトルを聞いただけで世界で1番楽しみな作品になりました。

それが『運び屋』(原題『THE MULE』)です。

超どシンプルなタイトル。
最高です。

これがイーストウッド監督作じゃなければ邦題はこうだったでしょう。

『私が90歳で運び屋をはじめた理由』

これが冗談ではなくほんとにあり得る国なのでゾッとします。

日本版にしてはポスタービジュアルもどシンプルで激渋です。
めちゃくちゃかっこいい。
メインビジュアルでどんな映画かすぐ分かるくらい。

でどんな映画なのか一言で説明すると、シワシワのイーストウッドが麻薬の運び屋をする話です。

はい、もう最高。

面白くないわけがない。

大好物です。

年々シンプルかつ奇妙な演出になっていってるイーストウッドが今、監督・主演をすると映画はどうなってしまうのか見逃せません。

ということで公開初日すぐ観に行ってきましたよ。
劇場はおじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあちゃんで溢れてました。

 

映画『運び屋』とは???(まだネタバレなし)

作品データ
原題 The Mule
製作年 2018年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 116分
映倫区分 G

スタッフ
監督
クリント・イーストウッド
製作
クリント・イーストウッド
ティム・ムーア
クリスティーナ・リベラ
ジェシカ・マイヤー
ダン・フリードキン
ブラッドリー・トーマス
製作総指揮
アーロン・L・ギルバート
原案
サム・ドルニック
脚本
ニック・シェンク
撮影
イブ・ベランジェ
美術
ケビン・イシオカ
衣装
デボラ・ホッパー
編集
ジョエル・コックス
音楽
アルトゥロ・サンドバル

キャスト
クリント・イーストウッド / アール・ストーン
ブラッドリー・クーパー / コリン・ベイツ捜査官
ローレンス・フィッシュバーン / 主任特別捜査官
マイケル・ペーニャ / トレビノ捜査官
ダイアン・ウィースト / メアリー
アンディ・ガルシア / ラトン
イグナシオ・セリッチオ / フリオ
アリソン・イーストウッド / アイリス
タイッサ・ファーミガ / ジェニー
ユージン・コルデロ / ルイス・ロカ

2014年ニューヨーク・タイムズ紙の別冊に掲載された実話をベースにした映画です。
その実話とは2011年にメキシコ最大の麻薬カルテルによる麻薬密輸が摘発され、その運び屋が87歳の老人だったというもの。
シナリオ、そして実際の記事を読んでこの話が気に入ったイーストウッドは、アールという役を他の誰にも譲りたくないし、他の誰かの演出で演じるのも嫌だと思い、約10年ぶりに監督・主演業に復帰を果たしました。
脚本は『グラン・トリノ』も執筆したニック・シェンク。
今作と『グラン・トリノ』は晩年にさしかかった退役軍人の老人が価値観を変えるような出来事に遭遇するという点で共通してます。
共演はイーストウッド監督作『アメリカン・スナイパー』(2014)で主演を務めたブラッドリー・クーパー。
イーストウッドを追い詰めるDEA(麻薬取締局)の捜査員コリン・ベイツを演じています。
イーストウッドに影響されてかレディー・ガガを主演に迎えた『アリー/スター誕生』(2018)で監督・主演デビューして高評価を得ています。

その他にローレンス・フィッシュバーンやマイケル・ペーニャが出演していますが、映画を観てびっくりしたのがカルテルのボスを演じていたのがアンディ・ガルシアなんです。
スティーブン・ソダーバーグの『オーシャンズ』シリーズ以来かなり久しぶりに見たんでずいぶんデブっとしてました。
登場シーンも少ないし余程イーストウッドと仕事したかったんだなあと。

あと主人公アールの娘をイーストウッドの実娘アリソン・イーストウッドが演じています。
こんなところも主人公アールと人間クリント・イーストウッドを重ねて見てしまう要因となっていますね。

『運び屋』のあらすじ

退役軍人で農園を営む老人アールは家庭を顧みず、デイリリーという花の栽培に人生を捧げていた。
デイリリーの品評会に出品し、好成績をおさめチヤホヤされるアールであったが、その日は娘の結婚式当日。
品評会を優先し、式に出席すらしなかったアールに家族は絶望するのだった。

それから12年後、すっかりネットの煽りを受け廃れてしまったアールの農園は差し押さえられてしまっていた。
行き場がなくなったアールは結婚を間近に控えた孫のパーティーに顔を出す。
喜んで受け入れてくれた孫とは対照的に、娘はアールの顔を見るやいなや帰ってしまい、元妻メアリーとは口論になってしまう。
意気消沈して会場を後にしようとするアールに、出席者の1人が話しかけてくる。
「運転するだけの簡単な仕事を紹介しようか?」
家族との仲を修復するためには、孫の結婚式の費用を出す必要があると考えたアールはその仕事を引き受ける。

アールは紹介された場所に車で向かうと、そこには見るからに怪しい男たちが待っていた。
男たちはアールの車に何かを積み、目的地を告げるのだった。
その目的地まで何事もなく安全運転で辿り着いたアールは予想以上の大金を手に入れて興奮する。
孫の結婚パーティーの費用を無事支払い満足感を得たアールは、車を買い替え再び男たちの元に仕事を貰いに行ってしまう。
再び得た大金で今度は差し押さえられていた農園を取り戻したアールだったが、退役軍人会の集会所が火事でお金が必要なことを知ると、再び仕事をするのだった。
3度めにして何気なく荷物の中身を見てしまったアールはそれが大量のコカインであることを知る。
しかし回を重ねるごとにより大金を手にし、それを周りのために使うことに充実感を得ていたアールは、罪の意識を感じながらも仕事を続けていくのだった。
90歳の白人で無事故無違反のアールは警察に怪しまれることなく、大量のコカインを運び、ついには麻薬カルテルのボスの信頼まで得てしまう。

しかし負い目を感じながらも快楽に負け仕事を続けるアールの元に、DEAの捜査の手が迫っていた。
さらに麻薬カルテル内の内紛、元妻メアリーの病気がアールに暗い影を落とすのだった…

みたいな感じです。

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映画『運び屋』の感想&解説(ここからネタバレあり)

まずはうんこ度(このサイトではどのくらいつまらなかったかで評価しています。ダメ映画=10.0点)

2.0/10 イーストウッドには騙されないぞと心に誓った映画

もう大満足です。
最近の監督のみの作品も素晴らしいんですけど、やはりイーストウッドが画面に存在しているといないとではその緊張感が全然違うんですよ。
やっぱり僕は監督としてだけでなく、スクリーンに映るイーストウッドを欲していたんです。
だからここ最近のイーストウッド監督作とは満足感というか観終わった後の幸福感が違いました。
まあここ最近の2作品、『ハドソン川の奇跡』と15時17分、パリ行き』は本当に奇妙な映画だったんで当然といえば当然なんですけど。
特に15時17分、パリ行き』なんてあれやろうと思うのは、テレビのバラエティか結婚式の余興くらいでしょう。
それをあんな平然と世界規模で公開される映画でやるなんて頭おかしいです。
僕は観終わった後「あれ、俺は何を見せられていたんだ…」としばらく悩みましたから。

バケモノ、イーストウッド

それにしても撮影当時イーストウッドは87歳ですよ?
本格的な動画撮影をしたことない人はピンと来ないと思うんですけど、監督業ってめちゃくちゃ疲れるんですよ。
まあイーストウッドレベルになると、そんなことないのかもしれないですけど、基本的には、本来は、決断の嵐なわけです。
早撮りのイーストウッドなので拘束時間は短いのかもしれませんが、決断のせいで精神的にも疲れてくるんです。
そんな監督業だけでも尋常じゃない苦痛なのに、主演を兼ねるなんてほんとバケモノですよ。
87歳でそんなことができるなんて、稚拙すぎる表現ですがほんと神様です。
想像できないエネルギーです。

 

『運び屋』はなんと言ってもイーストウッドのシワを楽しむ映画でしたね。
87歳の世界最強の男に刻まれた深いシワを楽しむんです。
イーストウッドは若い時から老け顔でシワ多めでしたけど、ここにきて芸術の域に達してますよ。
造形物としてのシワ。
まあ顔込みの話になっちゃいますけど、美しいとさえ僕は思うんですよ。
人間の力強さも弱さも繊細さも表現しているかのような造形美としてのシワ。
シワ自体が1つの出演者であり演出だと思いました。

そしてそのシワシワのイーストウッドがLINCOLNに乗ってアメリカを走る。
いつもどおりショットの構図などにそこまでのこだわりは感じないですが、イーストウッドと車の組み合わせだけで映画は強度を保っていましたよ。
先週観た『グリーンブック』もそうでしたが、イーストウッドと車のショットを観れるだけで映画の内容関係なく僕は幸せでしたねー。
シワっシワのイーストウッドが時には楽しそうに、時には苦悶の表情で、時には哀愁を漂わせて車を走らせる様は、「生」というものを象徴しているようでした。
それがものすごく感動的なんですよねー。
話の内容と相まってグッと来ましたよ。

イーストウッドには騙されないぞ

この記事で一番書きたかったのは「俺は騙されないぞ、イーストウッド」てことですね。

この映画のイーストウッドはアールという男に自分自身を投影させていると言われていますし、たしかにそうも感じるんです。
退役軍人のアールは家庭を顧みず、大好きなデイリリーの栽培に熱中します。
品評会などでアメリカ各地を車で旅することも多く、ほとんど家にいない典型的な仕事男です。
逆に言えば、家庭内で自分が思っているような夫、父親になれないことに苦しんで、外に自分の居場所を見つけようとしたんですね。
愛するデイリリーが品評会で認められることで自尊心が満たされ、外の人間にいい顔することでそこに自分の居場所があると感じる。
今では差別につながるような禁止用語をバンバン話し、昔ながらのコミュニケーションで誰にでも同じように愛情を注ぎます。
農園を手伝ってくれていたメキシコ人(?)たちや、品評会関係者、退役軍人会、タイヤがパンクした黒人、エンジントラブルのLGBTバイカー達。
そしてメキシコ麻薬カルテルの人間たち。
アールを監視し、強く当たってくるフリオにさえもなんです。

アールは口は悪いが、やることはしっかりやるし、ユーモアもある。
外見だって激渋ですし、何があっても動じない。
ちょっと昔気質でマイペースすぎるところがあるがそこが少し可愛かったりするんですね。
そんなアールに関わる人間はみな彼に魅了されるんです。
家族以外は…

なんとも皮肉ですが家族だけには憎まれているんです。
それもそのはずで、家にはほとんどいないから婚姻関係も早くに破綻し、娘の結婚式にすらデイリリーの品評会で出席しない。
ほんと典型的なダメおやじです。
家族を思っていないわけではないんですよ。
家族を大切だとは思っているけど、外の世界で認められることが金銭面においても家族に幸せにつながる。
それが父親としての役割だと本気で思っていたんですね。

僕もちょっと分かるんですが、1番身近なもの、ここでは家族ですが、それは後で何とでもなると思っているんです。
こんな近くにいるんだから自分が本気になればすぐ取り返せると。
そんなの当然幻想で時既に遅し、修復不可能と思えるほど妻と娘との関係は冷えきっています。
そんなところが俳優として、映画製作者として、音楽家として仕事ばかりしていたであろうイーストウッドと重なります。
結婚は2回ですが、5人の女性との間に分かっているだけで8人の子供がいるわけですから、好き勝手やってたんだろうなという印象です。
まあイーストウッドほど渋くて才能ある人間なら納得ですけどね。
僕がイーストウッドならもっと破天荒な結果を残してしまっているかもしれないですよ。

そしてアールは仕事も失いかけ90歳という人生の終わりに近づいた時、ようやく家族との時間を取り戻そうとします。
そのためには金が必要だと思い、悪いことだと分かっていながら麻薬の運び屋になるわけです。
そこが短絡的でものすごく愚かなんですけど、昔気質な頑固親父に見えて実は柔軟性のあるアールはやってしまうんですね。
売人たちともだんだん仲良くなるし、何より車で旅をすることが楽しいし、若い女を抱く機会すらある。
自分がやっていることの恐ろしい結果が直接見えない犯罪なだけにどんどん深みにハマるんです。
それで大金が入って誰かの為に使う度に再び自分の存在価値が確かめられる(ような気がする。)
この後に破滅の予感が頭にはちらついているのに…

そしてまたもや後戻りできない状況に陥ったところで大切なのは金ではなかったことに気づきます。
初めて仕事より家族を優先し、元奥さんの死を看取る短い濃密な時間を過ごすことで娘との和解につながるわけですけど、当然それだけで長い失った時間を取り戻せるはずもなく、その罪を背負ったアールは情状酌量の道を断ち切り自ら刑務所に入るんですね。
ここは犯罪の償いというより、家族への償いのような気がします。
警察に捕まる寸前のアールはもうヨロヨロで一気に年老いてしまったようですし、喪服なのでほんとにこのまま亡くなるのではないかという気さえしてくるんです。

ここからようやく本題ですが、アールをイーストウッドに重ね、この贖罪の様を観た観客は「イーストウッドが人生の終盤に入り自らの家庭生活を振り返り反省しているんだ。そして自分のようにはなるなと我々に最後のメッセージを残し自らの人生の終わりを考えているのではないか」なんてことを考えると思うんです。
実際劇中カフェで最近監督業にも進出したブラッドリー・クーパー演じる刑事にそんなこと言いますしね。
「あーイーストウッドはブラッドリー・クーパーを後継者に指名しているんだ」とか
「やっぱり再び俳優業から身を引くということなのでは」とか。

絶対逆ですね。
イーストウッドはそんなこと言って感動している世の中を見てほくそ笑んでいると思っているんですよ。
まずあんな誠実そうな顔してイーストウッドは嘘つきですからね。
何度も俳優引退をほのめかすけど、その度に復活しています。
『グラン・トリノ』の時は自分を殺しましたからさすがに僕もそういうことの暗示なのかと騙されましたけど、今回このように復活しましたし。
今回の『運び屋』ではアールは亡くなってませんしね。
すごく辛辣な顔をして刑務所に入りましたけど、結局その中で自分が一番好きなこと、デイリリーの栽培しちゃってますからね。

このラストはむしろ「世界最強である俺はどんなに年老いてもこれからも自由に好きなことするぞ」とイーストウッドが宣言しているような気がしてならないんですよ。
家族との時間をもっと取っときゃ良かったという思いはもちろんあるんでしょうけど、そんなに反省なんてしてないですよ。
していたらこんな愉快な映画には絶対ならないですから。
作中の人物含め、誰よりもこの時間を楽しんでいたのは絶対イーストウッド本人です。
実の娘を娘役にキャスティングしてそれっぽいことしてますが、結局していることは大好きな映画製作、仕事です。
大好きな車の運転をし、裸の女性を抱き、やりたい放題です。
ブラッドリー・クーパー含め我々を油断させていましたが、イーストウッドが最強の座を誰かに譲ろうとしているなんて考えられません。
生涯最強の男を心に誓っているでしょう。
むしろブラッドリー・クーパーには本気で家族との時間を大切にしろと言っているのかもしれません。
おまえが家族と過ごしている間に俺はどんどん仕事をしてもっと差をつけてやるぞと。
誰がこの最強の地位を譲るかと。

僕は終盤アールが麻薬カルテルを1人で壊滅させてしまうのでは…と本気で思ったんですよ。
「舐めるなよ、若造」とギラッと相手を睨みつけた途端全滅させるんではないかと。
麻薬カルテルも反撃して撃ってはくるけど、決してイーストウッドには当たらない。
そんなことを期待させる力強さがまだイーストウッドの眼にはあります。
老人が老人を、あえて老人ぽく演じちゃってますが、本人はまだまだ足腰も元気らしいですから。

ということで我々を欺いてほくそ笑んでいること間違いなしのイーストウッドに僕は言いたいんです。
「騙そうとしてくれてありがとう」と。

終わりに

クリント・イーストウッドには相変わらずのバケモノっぷりを存分に見せつけてもらいました。
シリアス一辺倒な作品かと思っていたら、むしろ若返っているんじゃないかってくらい軽やかな作品ですごく楽しく観れましたよ。
イーストウッドが亡くなってしまったら映画の何かが終わってしまいそうで怖いんですけど、しばらくはその心配はなさそうです。

この先この世界最強の老人が刑務所を抜け出し愛車LINCOLNに乗ってどこへ向かうのか、そしてどんな景色を僕たちに見せてくれるのか非常に楽しみになる映画でしたよ。

決して説教じみたジジ臭い映画は撮ってほしくないですね。
個人的にはアールみたいなフラフラしている腰の曲がった老人が、突然人々のために破壊の限りを尽くす、みたいな作品が観てみたいなあ。
そして「舐めるなよ、若造」とか言って今まで全然乗ってなかったのに突然バイクに乗り立ち去っていく後ろ姿でゆっくり暗転。
タイトルフェードイン。
エンドロール。
最高です。

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