『ナイチンゲール』【映画】ネタバレ評価&解説 ”ナイチンゲール”に秘められた意味とは?
(C)2018 Nightingale Films Holdings Pty Ltd, Screen Australia, Screen Tasmania.

 

「あまりにも過激な内容とバイオレンス描写!」

 

なんてキャッチコピーを見るとついつい気になってしまう。

とは言ってもそれが筋肉隆々なアホが銃を構えているポップそうな映画だと興ざめ…

B級映画は好きだけど、さすがに見慣れてきてしまっている。

 

映画『ナイチンゲール』はポスターにそのキャッチコピーと共に、女性と黒い鳥が描かれていて、その不穏な雰囲気に一気に鑑賞意欲が掻き立てられた。

絶対ヒッチコックの『鳥』と『サイコ』のせいだと思うけど、”鳥”ってどことなく気持ち悪くて不吉な感じがする。

カラスだと思ってたけど、どうも違うみたい。

 

肝心の内容はどうやら女性の復讐モノらしい。

一瞬リュック・ベッソン的なノリが脳裏をよぎる…

でもまあヴェネチア国際映画祭で賞を獲っているし、もっと僕の好きなリアル路線なスリラーだろうと思って、観に行く予定を立てるもコロナに邪魔される…

公開後すぐ1500円で配信もしていたけどズルズル機会を逃し、やっと今年鑑賞!

 

やっぱり想像通り”あまりに過激!”ってところまではいってなかったけど、なかなかハードで良かったのでご紹介。

 

『ナイチンゲール』【映画】とは?(まだネタバレなし)

2018年製作/136分/R15+/オーストラリア・カナダ・アメリカ合作
原題:The Nightingale
配給:トランスフォーマー

スタッフ
監督
ジェニファー・ケント
脚本
ジェニファー・ケント
撮影
ラデック・ラドチュック

キャスト
クレア / アシュリン・フランシオーシ
ホーキンス / サム・クラフリン
ビリー / バイカリ・ガナンバル
ルース / デイモン・ヘリマン
ジャゴ / ハリー・グリーンウッド

解説
イギリス植民地時代のオーストラリアを舞台に、夫と子どもの命を将校たちに奪われた女囚の復讐の旅を描き、2018年・第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で審査員特別賞ほか計2部門を受賞したバイオレンススリラー。19世紀のオーストラリア・タスマニア地方。盗みを働いたことから囚人となったアイルランド人のクレアは、一帯を支配するイギリス軍将校ホーキンスに囲われ、刑期を終えても釈放されることなく、拘束されていた。そのことに不満を抱いたクレアの夫エイデンにホーキンスは逆上し、仲間たちとともにクレアをレイプし、さらに彼女の目の前でエイデンと子どもを殺害してしまう。愛する者と尊厳を奪ったホーキンスへの復讐のため、クレアは先住民アボリジニのビリーに道案内を依頼し、将校らを追跡する旅に出る。主人公クレア役はドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のアイスリング・フランシオシ、ホーキンス役は「あと1センチの恋」のサム・クラフリン。ビリーを演じたオーストラリア出身のバイカリ・ガナンバルが、ベネチア映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞。監督は「ババドック 暗闇の魔物」のジェニファー・ケント。

映画『ナイチンゲール』のあらすじ(ネタバレなし)

舞台は19世紀のオーストラリア、タスマニア地方。

アイルランド人のクレア(アシュリン・フランシオーシ)は、生活苦から盗みを働き、オーストラリアへと流刑された囚人。
クレアは美しく、歌が得意であった。
そのため流刑地一帯を支配していた英国軍将校ホーキンスはクレアに目を付け、監獄から出す代わりに部下の前で歌わせたり、体を要求したりとやりたい放題だった。

それでも結婚を許され、家も与えられていたクレアは、夫と産まれたばかりの子供と3人で慎ましく暮らしていた。

ホーキンスは、刑期を過ぎても仮釈免状をクレアに与えることはなかった。
ある日、懲りずに体を要求してきたホーキンスに、クレアは盾突き、仮釈免状を要求する。
だが逆ギレしたホーキンスに再びレイプされてしまう。

顔に傷を負いながらもクレアは、夫エディに暴行されたことは言わず、仮釈免状を貰えないことだけを告げた。
エディはそのことに我慢の限界をむかえていた。

翌日ホーキンスに詰め寄る、エディ。
その様子をホーキンスの栄転推薦判断をするために訪れていた上官に目撃され、ホーキンスは栄転の道を絶たれてしまう。

囚人に邪魔をされたと怒り狂うホーキンスは、部下2人と共に、エディ、クレアを襲撃。
クレアをエディの目の前でレイプした挙げ句、そのままエディを射殺し、泣き止まない子供まで壁に打ち付けて殺害する。

翌日ホーキンスは何事もなかったように、栄転の直接的権限を持つ上官に直談判をするため、部下2人と囚人、案内役のアボリジニの老人と共に、ローンセストンという街に旅立った。

殴られて意識は失ったが一命は取り留めたクレアは、若いアボリジニのビリーを雇い、夫が残した馬のと共に、ホーキンス一行を追跡するのであった。

 

『ナイチンゲール』【映画】のネタバレ評価&解説

『ナイチンゲール』3.5/10うんこ (10うんこ=クソ映画)
伊藤美誠ちゃんがナイフを振りまわす映画

 

やっぱり”あまりにも過激な内容とバイオレンス描写”というほど、過激ではないんだけど、ちょっと精神的に疲れる映画だった。

描写自体は今の時代としては、全然グロいわけではない。

というかスプラッター映画みたいに血が出まくりの想像を越えた描写にされると、現実感なくて逆に笑っちゃったりする。

でも『ナイチンゲール』は思った通り、リアル路線の描写で、想像できる範囲内の残酷で悲惨な暴力にグッタリしてしまった。

人間の道徳観、倫理観とかが公に浸透してきたのってこの50年くらいだろうから、人類の歴史ってこんな理不尽な暴力だらけだったんだろうなあと、想像して気持ち悪くなる。

 

その理不尽な暴力のきっかけは、主人公クレアのその美しさが一因という設定だ。

だけどねー、これが僕と『ナイチンゲール』の相性の悪いとこだったんだけど、どうしても僕には序盤からクレアが卓球の伊藤美誠に見えてしまった。

 

『ナイチンゲール』【映画】クレアは伊藤美誠

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こういうのって一度見えてしまうと、もう手遅れだ。

僕の中ではクレアじゃなく伊藤美誠だから、100%乗り切れない感じがあって、そこが残念だったなあ。(制作陣は誰も悪くない)

確かに演じたアシュリン・フランシオーシさんはきれいな人ではあるんだけど、髪結んで泣いちゃうともう伊藤美誠。

今にもラケット振り回すんじゃないかと期待してしまう。

岩石みたいな骨格が似てるのかなあ。

 

あ、僕は決して嫌いじゃないですからね、伊藤美誠ちゃん。

一応言ってみる。

 

舞台となった時代の歴史的背景を簡単に解説

この映画見るまで、そういえばオーストラリアの歴史なんて考えたこともなかった。

僕は日本史とってたけど、世界史ならもしかして出てきてたのかなあ。

 

とりあえずまだ観てない人は、イギリス、アイルランド、オーストラリアの関わりなんかを調べてから観ることをおすすめしますよ。

 

簡単にそのへんをいうと、アイルランドは今でこそ、再び独立国家として成立しているが、長い歴史の中ではイギリス(イングランド)に侵攻されたり、併合されたりと、暗ーい過去がある。

元々アイルランドは独自の文化、宗教、言語だったわけで、それが侵されたのだからアイルランドからしたらたまったもんじゃない。

だからイギリスから独立した今も、アイルランド人はイギリス人のことが嫌いらしい。

 

映画の舞台となっている19世紀のアイルランドはまだイギリスの支配下なので、イギリス人による差別もひどかった。

加えてイギリス国内は、産業革命による社会の劇的な変化で、窃盗などの犯罪が多発し囚人の収容場所が不足したそうだ。

そこでイギリスは、そういった犯罪者をオーストラリアに流刑していた。

元々は北米大陸に流刑していたが、アメリカが独立してしまったのでオーストラリアに目を付けたらしい。

一般的に犯罪者は男の方が多いだろう。

だから犯罪の重さで流刑していてはオーストラリアが男ばかりになってしまう。

そこで健康で若いアイルランド人女性は、窃盗などの軽犯罪であっても即流刑されてしまっていた。

まさにクレアだ。

当時のオーストラリアは、というか歴史のそのほとんどがそうであっただろうけど、女性の地位は低くて、アイルランド人の女性なんていうのは社会の最下層だった。

 

またオーストラリアには元々原住民のアボリジニが長年住んでいて、外からの侵略、影響を受けていない未開の地だったわけだが、突然現れたイギリスに一方的に入植された。

映画の舞台はそんなアボリジニとイギリス人入植者が対立していたブラック・ウォー真っ盛りの時代だ。

イギリス人によるアボリジニ虐殺は相当酷かったみたいで、動物を狩るのと同じようにアボリジニを殺害したそうだ。

おそろしいのは社会の最下層で差別される側のアイルランド人女性のクレアでさえ、アボリジニのことは下に見て差別していることだ。

 

このように映画の舞台のオーストラリアは2重にも3重にも差別、迫害が存在する混沌とした地だった。

 

偉そうに書いてみたが、勉強不足だった僕はそんなこと全く知らずに観始めたので、最初はあまり状況を理解できてなかった。

まあ観てれば、世界のその他の歴史同様、こんなことなんだろうなあと想像は出来るけど、予め知っておいたほうがすんなり入っていけて良かったと思う。

 

クレアとビリーの関係性

オーストラリア、アイルランドの侵略、差別の歴史を知るいいきっかけになった『ナイチンゲール』だけど、その本質はやっぱり国とかそういうのを超越した人間と人間の精神的な繋がりの物語だった。

 

はじめはめちゃくちゃ差別意識、敵意剥き出しで、アボリジニの案内人ビリーに接するクレア。

”人食い”と完全に野蛮人扱いしている。

『ナイチンゲール』【映画】ビリーを差別するクレア

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それが数々の危機を乗り越え、お互いが”虐げられ奪われた者”であることが分かると、徐々に信頼関係を深めていく。

性的被害を受けトラウマを負っているであろうクレアにとって、どんな男であっても、森の中で近くに寝るなんてことはあり得ないことだったはず。

にも関わらずビリーに自ら近寄り、側で寝ようとするクレアが印象的だった。

もちろん夜の森だから、怖くて近づいているんだけど、それ以上に安心というか安らぎまで、ビリーに求めている気がしたからだ。

ビリーを演じたバイカリ・ガナンバルはダンサーで演技は初らしいが、纏っている穏やかで安心する空気感が僕はけっこう好きであの描写に説得力を持たせていたと思う。(あ、てかヴェネチアで新人賞獲ったのがバイカリさんなのね。納得)

あんな夜の森、僕なら恐ろしすぎて間違いなくバックハグしている。

『ナイチンゲール』【映画】ビリーの側によっていくクレア

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その後、ホーキンスに連れ去られたビリーとクレアの、再会シーンは感動的だった。

まあよくある展開だが、こんな心細すぎる世界で信頼できる人間はもうお互い1人しかないという感じが伝わってきて、妙にグッときた。

言葉を一切交わさないのがまた良かった。

 

「早くホーキンスぶっ殺せー!」なんて思ってた僕も、このシーンあたりで「命あるうちに2人でどっか逃げなよー、怖い怖い」なんて弱気というか、穏やかな気持ちになってしまった。

 

『ナイチンゲール』【映画】ビリーと再会するクレア

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『ナイチンゲール』【映画】クレアと再開するビリー

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ナイチンゲールとクロウタドリ(マンガナ)とラストショット

タイトルの”ナイチンゲール”は、主人公の名前かと思っていた。

でも名前はクレア。

あ、じゃあイギリス女性ってことで看護婦のナイチンゲールか!と思ったら、クレアはアイルランド人…

我ながらアホだった。

 

この”ナイチンゲール”は鳥のこと。

それくらい知ってたのに…

日本語で言うとサヨナキドリというらしい。

日本にはいないらしく、ヨーロッパの鳥で鳴き声が美しい鳥の代表格。

ということで歌が上手い女性を”ナイチンゲール”と喩えて呼んだりするらしい。

それが冒頭に描かれていた。

『ナイチンゲール』【映画】ナイチンゲール

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またビリーは、本名がマンガナ。

マンガナはアボリジニの言葉で、意味はクロウタドリのこと。

なのでビリーは自分にはクロウタドリの精霊が宿っていると思っている。

ところどころで披露される、鳴き声の真似やアボリジニの舞が印象的だ。

あんなの友達がやり始めたら、頭を疑った方がいいが、ビリーは笑えないほど真面目だ。

それくらいアボリジニの伝統、文化に誇りを持っているのが分かる。

『ナイチンゲール』【映画】クロウタドリ

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このように、この映画の主人公というべき2人は鳥に象徴されている。

まあこういう動物喩えみたいのは、あからさますぎてあんまり好きじゃない。

安易な臭いがぷんぷんする。

 

でもその意味をよくよく考えると、ちょっといいなあと思ったので書いてみる。

 

ナイチンゲールは夜に鳴く鳥で、なかなか姿を見ることがない鳥らしい。

そのため夜明けを告げる鳥と言われているらしい。

これを聞くと、すぐラストシーンが思い浮かんだ。

 

ラストはクレアと瀕死のビリーが浜辺で朝日を見つめて終わる。

僕はこのラストを、なんか無理矢理な”希望こじつけショット”だなあと思った。

あんまり意味はないけど、とりあえず希望がありますよーって表現したくて朝日選んでみたのかと。

ショットとして朝日がそこまできれいでもないし、色合いとかも軽い印象で微妙だなあとも思った。

でもこのナイチンゲールのことを思うと、このラストはただの画としての安易な明るい未来表現ではなく、クレアが世界の夜明けを告げているシーンだったのだ。

『ナイチンゲール』【映画】夜明けを告げる

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あーだから『ナイチンゲール』なのね、と妙に納得。

 

中盤から終盤にかけて森の中で度々、クレアは夜の森の中の悪夢に襲われるがそこに月が出ている。

これもただ単に悪夢ということで夜の森にしたんだと思っていたが、朝日と月の対比から、まだ世界に夜明けが来ていないという意味もあったのだ。

『ナイチンゲール』【映画】暗闇の月

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『ナイチンゲール』【映画】夜明けの朝日

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また浜辺でビリーはクロウタドリの舞をしている。

映画内でビリーはクロウタドリは道を教えてくれると言っている。

森で一人になり、迷うクレアをクロウタドリは本当に導いた。

これはビリーが、クレアを導いているということだろう。

共に虐げられていると言っても、クレアとビリーは白人と黒人。

そんなこの当時は交わることのない2人が協力して、世界に夜明けを告げた。

こう考えるとちょっと感動的だ。

 

だからこそ、あの朝日ショットが画としてもっとバシッと決まっていたらなあ、と思ってしまう。

 

その後の本当のラスト、歌を歌った後、クレアが息を吸い、パッと黒落ちするところは気持ちよかった。

冒頭が夫に起こされるささやかな幸福のシーンだったので、このラストの呼吸もまた幸福な目覚めを表現しているのだろう。

1人の人間としての目覚めの象徴だ。

『ナイチンゲール』【映画】 クレアの呼吸

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“ナイチンゲール”と暴力の是非

リベンジモノということで途中までは、森に入ったクレアが少年ジャンプの主人公みたいに気持ちだけで殺戮マシーンと化し、泥臭く、一人一人血祭りにあげていく話だと思っていた。

だがクレアは怪我を負った一番悪意のない下っ端を血祭りにあげた後、その力強いゴツゴツした顔面とは裏腹に、急激に復讐のトーンを下げる。

ホーキンスを見ただけで、トラウマが蘇り、急に我に返って怯えだしてしまうのだ。

 

どちらかといえばクレアが泥臭く、ホーキンスを血祭りにあげるのが観たかったので、ちょっと残念な展開だった。

でもまあ、顔はごついけど戦闘能力はない普通の子が、現役軍人にどう立ち向かうんだろう、現実感ねえな、とも思ってたのでこれはこれで良かったのかな。

 

そうしてホーキンスをすっかり取り逃したクレアとビリー。

僕はそのまま復讐を捨てて違う方向に話が転がるのかと、道端での黒人虐殺、老夫婦との食事シーンで思った。

クレアはナイチンゲールとして、ホーキンスの上官の前で歌を歌うという非暴力的な最高の抵抗をしたわけだし、復讐するにしても、もう一歩踏み込んで何か殺す以外の復讐をするんではないかと。

そして街から離れた2人はその夜、ついに手と手を触れ合うのだ。

接触なんてあり得なかった2人が、生きていると実感できたはずの瞬間だ。

『ナイチンゲール』【映画】触れ合うクレアとビリー

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なのに…

僕の予想に反し、民族の戦士の姿なのか、体にペイントを施したビリーは、見事にホーキンスとめちゃくちゃむかつくバカな部下を殺し、復讐を果たす。

これも伝統なのか。

まあ考えてみたら、ビリーは道端の黒人虐殺で自分の民族の全滅を知り、老夫婦との食事で更に自分の追いやられた立場を実感するのだから、残された道は復讐しかないのは明らかなのだが…。

 

んー…でもなあ…

どうなんだろうなあ

映画的にはやっぱりあそこまでの悪には暴力による鉄槌を食らわせるのが正解だと思うし、僕的にもやっぱ映画はこうじゃないと!と思うのだけど、この映画のテーマ的にはどうなんだろうなあ?ってちょっと引っかかる。

 

結局人類のこういう歴史って、言ってしまえば暴力の連鎖による悲劇なわけで、この映画はオーストラリアやアイルランドのそういう歴史的側面が強く出た作品なわけだから、被差別側の暴力による終結って、結論としてはやっぱり暴力には暴力だよねっていうことになってしまうんじゃないか…

僕は世界平和なんて絶対無理だと思ってるし、人間が人間である限り暴力もなくならないと確信しているから、そういう結論の映画があっていいと思う。

というかそれがリアルな世界を反映させた映画だと思う。

 

でもこの女性監督が描く『ナイチンゲール』はこれで良かったのかなあ?

ナイチンゲールやクロウタドリという美しい鳴き声の鳥をモチーフに、残酷な歴史を見つめ直し認め、その上に立って希望を持って生きることを描くなら、暴力による解決はちょっとなあ…

映画的には絶対娯楽要素が欲しいから、あのクズ野郎ホーキンスは少なくとも社会的死くらいは与えないといけない。

折角暴力による復讐の道からすこし逸れたんだから、直接クレアとビリーが手をくださず、ホーキンスたちが不幸になる展開の方でも良かったんではないかなあ。

 

いや、なんならホーキンスたちはあのままノウノウと生きる。

でも殺しを経験し、命の危機を乗り越え、強い信頼関係を持ったクレアとビリーには復讐以外の違う景色が見え始めた、的なことでも良かったと思う。

スッキリしない人もいるだろうけど、そういう変化球は好きだ。

 

ま、結局僕ならクレアとビリーそれぞれに、もっと爽快な暴力を用意したけど。

最終的にはホーキンスが動物にグチャグチャにされるとかね。

 

監督はオーストラリアのアボリジニたちに映画を捧げているのだろうから、映画の中だけでも復讐を果たさせたかったのかもしれない。

それはそれで分かるんだけど、それにしては映画のトーンが違う気がすると思ってしまう。

あーなんかいくらでもだらだら文句書けてしまうから、これくらいで!

 

ホーキンスの徹底したクズっぷり

『ナイチンゲール』は久しぶりに爽快なくらい悪役らしい悪役が出てきて気持ちよかった。

ホーキンスは顔だけ見ると完全に、主人公を助けてくれるいいヤツの顔だ。

二枚目だけど、ちょっと陰湿な感じがするやつはよくいるが、かなり正当なイケメンフェイス。

それがここまで悪いやつだったなんて。

最近は悪役にも背景ストーリーとか持たせて、悪だけどこういう同情要素ありまっせーみたいなことが多い。

いわゆるグレーな悪役。

『ナイチンゲール』【映画】正統派イケメン ホーキンス

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でもホーキンスさんは違う。

最高のクズだ。

完全なブラック。

もう殺され甲斐ある、最高の悪役だ。

 

おーやれー

はやくやれー

クレアー

うおーおー

と叫んだ観客は僕だけじゃないはず。

 

クレアに対する横暴もさることながら、アボリジニの女性や、子供の囚人に対する暴挙は、神経を逆なでされる。

特に子供は驚いた。

めちゃくちゃかわいい子で、健気に頑張るからこの子だけは助かってくれーと思ってたのに、見事にノールックズドーン。

クズすぎて驚くと同時に、監督すげーなと思ってしまった。

『ナイチンゲール』【映画】可愛い子役

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先程書いた通り、僕はこの作品においてはクレアとビリーによる暴力で終わらない方がいいと思った。

ホーキンスを地獄に堕とすにしても、もっと天災要素とか使うとか。

監督ももちろんそのあたりは気にしているのだろうから、ホーキンスに殺された人たちのショックに比べて、ホーキンスとバカが殺されるところはものすごくアッサリしている。

もっと爽快感ある撮り方をしてもいいのに、無常観すら漂うあっさりさ。

 

ここがやっぱ中途半端だった気がする。

もうどうせビリーにその役を与えるなら、映画的な興奮が伴うバイオレンス描写に振り切って、一時はクレアもビリーも興奮状態でその場を去るけど、朝日の前で残るのは結局無だった、みたいな方が心をかき乱された気がする。

 

おわりに

実は観てから気づいたんだけど、『ナイチンゲール』の監督はなんと女性だった。

名前がジェニファーていうんだから、すぐ分かるようなものだけど、姓がケントだから、なんか勝手に若手の白人男性を思い浮かべてしまっていた。

ホアキン・フェニックス主演『ビューティフル・デイ』のリン・ラムジーもいるし、女性監督のバイオレンス映画が増えていくのかなあ。

 

まあ色々文句も言ったけど、全体的には面白く観れた。

当初の予想に反して、クレアが殺戮マシーンではなく、やっぱり普通の女性だから、威勢だけ良くて空回りしていく感じも笑えたり。

 

あとなにより世界の歴史の表面だけでもなぞっとかないとダメだなあと実感させられた。

無知すぎた。

やっぱりどこもかしこも人間は戦争と差別、虐殺を繰り返して今に至っているわけで、ほんとに平和ボケしている僕らもいつどうなるか分からない。

人間は人間だもんなあと、ちょっと怖くなる一作でした。

おわり